

写真2.安治川(大阪)大水門(右写真)
・東京下町の治水対策(高潮・洪水)は堤防
・大阪下町の治水対策(高潮・洪水)は水門・排水機場
により、まちづくりが形成されています。
2018年9月に発生した台風21号は、四国に上陸した後に神戸市に再上陸し、近畿地方を中心として強風と豪雨による甚大な被害をもたらしました。
大阪湾におきましては、高潮により各地に浸水被害をもたらしました。
特に関西国際空港では、高潮による浸水被害と、強風による空港連絡橋への船舶激突による破損により、長期間に亘る閉鎖を余儀なくされました。
大阪都心部は3大水門と排水機場により、高潮と洪水被害から逃れることができました。
この事実により、東京では高潮対策として水門による見直しの声が上がっています。
この記事では、東京下町と大阪下町の治水対策の概要を解説します。
1.東京の治水(高潮)対策
東京都の治水対策、特に高潮対策の背景、経緯、堤防方式を採用した課題について説明します。
1-1.東京の高潮対策の背景
東京港は東京湾の最奥部に位置し、南東向きの開口部を持ち水深が浅く閉鎖性の高い水域となっています。
したがって、高潮などの影響を受けやすい地形を有しています。
また、東京東部低地帯は荒川・隅田川・江戸川などの大きな河川と枝分かれした支川などが縦横無尽に流れています。
したがって、洪水の影響を受けやすい地形を有しています。

(出所:東京都建設局) ※1
江東5区(江東区・墨田区・足立区・江戸川区・葛飾区)は、明治末期から昭和40年代にかけて地下水や水溶性天然ガスの汲み上げなどにより著しい地盤沈下が発生しました。
結果として地盤高の低い土地が広がり、高潮や津波、洪水などの水害の危険性に常にさらされています。

(出所:東京都建設局) ※1
昭和48年まで続いた地盤沈下により、現在の地盤高は下図のようになっています。

(出所:東京都建設局) ※1
上図の赤線部で東西に切った断面図は、下図の通りです。

(出所:東京都建設局) ※1
隅田川は東部低地帯を流れ、その東側にはさらに地盤の低い江東三角地帯が拡がります。
元々低地帯であり軟弱地盤でもあることに加え、水溶性天然ガス汲み上げによる地盤沈下により、高潮・津波・洪水・地震などの自然災害に対して脆弱な地域となりました。
1-2.東京都の高潮対策の経緯
東京都建設局の東部低地帯を中心とした高潮対策と東京都港湾局の体制を説明します。
東京都の場合、
・河口から上流側は東京都建設局
・河口から海側は東京都港湾局
が管轄します。
1-2-1.東京都建設局の高潮対策(河口部分)
東京都建設局が行ってきた高潮対策の中で主な事業を下表にまとめます。


1-2-2.東京都港湾局の高潮防禦体制(海岸部分)
東京都港湾局は高潮対策として江東区に高潮対策センターを設置・運用してきました。
2015年から港区港南に第二高潮対策センターを新設し、2箇所での高潮・津波対策に関する管理・運用を始め、東京港の防災機能の強化に取り組んでいます。
2箇所で運用することにより片方が地震や水害で損傷しても、もう片一方でバックアップ体制を取ることが可能となりました。
(出所:東京都港湾局)
1-3.東京都が採用した堤防方式の課題
高潮や津波が発生した場合、東部低地帯の主要河川である隅田川・中川・旧江戸川などの川を遡上してくる波浪に対して、東京都は大水門方式ではなく堤防方式を採用しました。
高い堤防を川沿いに延々と築くことにより、街全体を防御する方式となります。
しかし、多くの課題が残されることになりました。
その主な課題を挙げますと、
- 川に架かる橋のかさ上げ工事の多さと工事期間中における交通機能の低下
- かさ上げ工事による港湾機能(荷役など)の低下
- 高潮発生時、波浪が川を都心部まで遡上してくることによる都市機能低下のリスク残存
- 橋のかさ上げ工事などが伴うため、堤防建設工事は長期間
- 堤防延長が長く天端も高いため、老朽化・耐震化対策による維持管理に莫大な費用が必要
- 堤防の天端が高いため、街から川が見えず、景観的にも不良
などとなります。

(出所:国土交通省河川局・港湾局) ※3
「東部低地帯の治水対策」詳細は、下記の記事を参照してください。

2.大阪の治水(高潮)対策



写真4.尻無川水門(中写真)
写真5.木津川水門(右写真)
筆者撮影(安治川水門はカヤックより撮影、他は堤防天端より撮影)
大阪府の高潮対策の背景、大水門方式を採用した経緯、大水門方式のメカニズムについて解説します。
2-1.大阪府の高潮対策の背景
大阪港は大阪湾の最奥部に位置し、南西向きの開口部を持ち、東京港と同様に水深が浅く閉鎖性の高い水域となっています。
したがって、高潮などの影響を受けやすい地形を有します。
また、大阪港後背部(旧淀川筋)は、淀川・大川などの大きな河川と枝分かれした支川などが縦横無尽に流れています。
したがって、洪水の影響を受けやすい地形を有します。
大阪港後背部の高潮対策は、昭和30年代までは東京同様に堤防方式による対策を行いました。
その後、昭和36年の第2室戸台風による被害を受け、大水門方式による抜本的な対策が採られることとなります。
2-2.大阪府の高潮対策の経緯
大阪府は、都市機能、港湾機能、都市防災、概算事業費、工期、維持管理の観点から堤防方式と大水門方式の比較検討を行いました。
2-2-1.計画目標・計画高潮位
大水門方式が有利であるとの結論に至り、昭和40年度には下表の計画目標・計画高潮位を定めて、大阪都心部の安全を確保する事業を推進しました。
大阪府の場合、基本的に河口(大水門など)から上流側は大阪府が管轄し、河口(大水門など)から海側は大阪市が管轄します。
計画 目標 | 昭和34年9月に発生した伊勢湾台風と同規模の台風が室戸台風の経路(最悪のコース)を通過すると設定。 かつ満潮時に大阪港へ来襲することを想定して防潮施設を整備。 |
計画 高潮位 | O.P.+5.20m(O.P.+2.20m+3.00m) O.P.+2.20m:7月~10月(台風発生時期)の朔望平均満潮時 3.00m:潮位偏差(風の吹き寄せ、気圧の低下等による潮位の異常上昇値) |
計画基準潮位として、7月から10月(台風発生時期)の朔望平均満潮位O.P.+2.2mに高潮潮位偏差(風の吹き寄せや気圧の低下などに伴う潮位の異常上昇高)3.00mを合わせたO.P.+5.20mを設定。
これに波浪などの影響を考慮した余裕高を加えて天端高を設定します。
2-2-2.潮位と朔望の語意
A.P. | 荒川工事基準面、霊岸島量水標零位であり、ほぼ大潮干潮位に当たることから、荒川河口及び沿岸の河川・港湾工事用基準面として利用されています。 |
T.P. | 東京湾平均海面、全国の標高の基準となる海水面の高さです。 東京湾中等潮位ともいわれています。 T.P.=A.P.-1.134となります。 |
O.P. | 大阪湾最低潮位、大阪湾の海抜高度の基準となる高さです。 O.P.=T.P.+1.30mとなります。 (例)O.P.4.3m=T.P.3.0m |
朔望 | 「朔」は陰暦の1日、「望」は陰暦の15日、新月と満月のこと |
2-3.大阪府が採用した大水門・排水機場方式

(出所:大阪府都市整備部) ※4
旧淀川筋の中でも主要河川である安治川・尻無川・木津川の3川においては、平常時に船舶の航行を妨げず、強風や地震などの厳しい環境にも耐えうる条件を満たす必要があります。
それらのことから昭和45年に、アーチ型の大水門が3川にそれぞれ建設されました。
安治川大水門、尻無川水門、木津川水門です。
また、高潮発生時に3川の大水門を閉鎖しますと、水門よりも上流側においては豪雨により河道内(大阪市内)の水位が上昇します。
水門閉鎖時の内水を淀川へ排水する施設として、毛馬排水機場がその後に建設されました。


写真7.毛馬排水機場(右写真)
(出所:大阪府都市整備部) ※4
旧淀川筋の大水門より下流側では、余裕高は防潮堤による低減効果を考慮して1.40mとしました。
したがって堤防の天端高は、
O.P.+2.20m+3.00m+1.40m=O.P.+6.60m
に設定しました。
旧淀川筋の大水門より上流側では、高潮発生時に大水門を閉鎖した場合の計画貯留内水位をO.P.+3.50m、余裕高を0.80mとしました。したがって防潮堤の天端高は、
O.P.+3.50m+0.80m=O.P.+4.30m
に設定しました。
よって、上流側の防潮堤天端高さは大水門建設により、下流側の防潮堤天端高さよりも2.3m低く設定することができました。

(出所:大阪府都市整備部) ※4
神崎川筋の
- 河口部では、余裕高を2.9mとしたO.P.+8.10m
- 上流側の三国橋~大吹橋では、余裕高を0.80mとしたO.P.+6.00m
に設定しました。
港湾施設では、防潮扉を設置し高潮発生時には防潮扉を閉鎖して高潮侵入を防御しました。

(出所:国土交通省河川局・港湾局) ※3
2-4.3大水門(アーチ型水門)が姿を消す!
約50年間に亘り、大阪市内を守ってきた3大水門が建替えられることになりました。
(出所:MBS NEWS)
3.2018年・2019年のスーパー台風の衝撃
2018年9月に発生した台風21号は、豪雨や強風、高潮による浸水被害を発生させました。
2019年10月に発生した台風19号は、豪雨や強風、洪水による堤防決壊などの被害を発生させました。
3-1.2018年台風21号の衝撃
2018年9月4日に日本上陸した台風21号による強風や豪雨、高潮により、関西を中心として全国に甚大な被害をもたらしました。
特に関西国際空港では、高潮による滑走路への浸水やターミナルビルへの浸水、停電などで閉鎖されました。
また、関西国際空港連絡橋にタンカーが強風により衝突し、連絡橋が破壊され一時孤立する事態となりました。
しかし、
大阪市内においては、安治川・尻無川・木津川の三大水門と毛馬排水機場が見事に機能し、海からの高潮と上流からの洪水から都心部を防御することに成功しました。
仮にこの防御施設が無かった場合の損害額の試算を、マスコミ各社が報道していますが、17兆円とも20兆円ともいわれています。
(出所:大阪府)
3-2.2019年台風19号の衝撃
2019年10月に発生した台風19号は、東海・関東を中心として豪雨による洪水が発生し、甚大な被害が生じました。
(2019ラグビーワールドカップ数試合が中止)
荒川下流部におきましても増水し、あわや氾濫の寸前まで水位が上昇しました。
実は、10月13日の荒川の洪水水位は隅田川の堤防天端高を27cm超えていました。
しかし、岩淵水門により洪水から東京都心部を防御することができました。
(出所:TBS NEWS)
4.東京と大阪の堤防計画高の比較
東京の東部低地帯と大阪の旧淀川筋の堤防計画高を下表にまとめます。
ここで比較し易いように、東京でのA.P.表示、大阪でのO.P.表示をT.P.表示にそれぞれ変換します。(A.P.やO.P.、T.P.については上記MEMOにて説明)
東京東部低地帯 | 大坂旧淀川筋 | |
河口部(大水門) より上流側 | T.P.+5.166m (A.P.+6.3m) | T.P.+3.0m (O.P.+4.3m) |
河口部(大水門) より海側 | T.P.+3.966m~6.866m (A.P.+5.1m~8.0m) | T.P.+5.3m (O.P.+6.6m) |
上表より、河口部(大水門)より海側の場合、東京東部低地帯の堤防計画高は、大阪旧淀川筋の堤防計画高と比較して、低い個所もあれば、高い個所もあります。
一方河口部(大水門)より上流側の場合、東京東部低地帯の堤防計画高は、大阪旧淀川筋の堤防計画高と比較して、2m以上も高くなっていることがわかります。
東京の下町が堤防により、景観的に分断されているといわれる理由がわかります。
また、堤防天端高が高くなる分、堤防延長も長くなり、維持管理費用が増額します。
近年地球温暖化が原因と考えられるスーパー台風が毎年のように日本列島を来襲するようになりました。
5.治水対策案
新たな治水対策案として、大水門(バリア)や荒川地下第2放水路、ダイクハウスの建設を提案します。
5-1.大水門(バリア)建設
大都市を高潮などから守るために、様々な防御施設が建設されています。
例えば、
- テムズバリア :ロンドン市街を流れるテムズ川の下流部に配置され、高潮から防御
- モーセプロジェクト:ヴェネツィアをアクア・アルタ(最大3mの満ち潮)から防御
などがあります。


写真9.テムズバリア:バリア稼働時(右写真)
(出所:EnvironmentAgencyTV)
治水対策として、北から南へ東京湾に流入する隅田川・荒川・旧江戸川・江戸川の河口部分は、台風による高潮の影響を大きく受けます。
2019年の台風19号の場合、豪雨による洪水だけでしたので、荒川の堤防は辛うじて持ちこたえました。
しかし、同時に高潮が発生した場合、東京東部低地帯は水没していたと考えられます。
したがって、大水門(バリア)を設置するべきであると考えます。
その中でも特に急がれるのは隅田川です。
この提案は、中央大学の山田正教授が提唱している「隅田川バリア」といわれるものです。
隅田川の支川として、神田川や日本橋川などがあります。
特に日本橋川沿川は、
・日本銀行や東京証券取引所
・東証一部上場企業などの本社
が集積し、一大金融街を形成しています。
ここが2018年9月に大阪を襲った台風21号クラスの高潮と洪水に同時に見舞われますと、水没する可能性が高くなります。
東京の与信に止まらず、日本の与信を下げることに繋がります。
5-2.荒川地下第2放水路建設
上記でも触れましたが、2019年の台風19号により、荒川は氾濫寸前までいきました。
地球温暖化が益々加速している中、より巨大なスーパー台風の来襲が想定されます。
荒川の洪水時の水位を下げるために、荒川第2放水路が必要となります。
しかし、地上に設けるスペースは皆無のため、荒川の堤防の地下に建設する案です。
幸いにして荒川河口部の場合、堤防や川の下を横断する鉄道や道路はありません。
荒川の中流部から氾濫水を堤防下に建設する地下河川トンネルに流入し、東京湾まで地下を流下させて排水する方式です。
また、トンネルを掘った土砂は東部低地帯の嵩上げなどに利用し、全体の底上げを図ります。
筆者はこれらを「(仮称)江東5区デルタ・プロジェクト」と勝手に命名しています。


なお、荒川地下河川構想については、下記の記事をご覧ください。

5-3.ダイクハウス(堤防住居)建設
ダイクハウスは、オランダやドイツなどヨーロッパでは普及しています。
日本の場合には「河川法」の規定により、堤防上に建物は、川の管理施設以外は建築できません。
これを東京東部低地帯や大阪旧淀川筋などの0メートル地帯に、「国家戦略特区」などの網をかぶせて、規制緩和しながら建設を図る提案です。
最大のメリットは、堤防上に築きますので、敷地確保・立退きの手間や資金が不要であることです。
建設しようと思えば、すぐにでも建設できます。

なお、ダイクハウスについては、下記の記事をご覧ください。

6.まとめ
以上、
- 東京の治水(高潮)対策
- 大阪の治水(高潮)対策
- 2018年・2019年スーパー台風の衝撃
- 東京と大阪の堤防計画高の比較
- 治水対策案
について解説しました。
千年に一度発生するといわれる規模のスーパー台風が毎年のように日本各地を襲っています。
しかし、災害を傍観するわけにはいかず、何らかの対策を早急に講じる必要があります。
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- 1級・2級管工事施工管理技士
- 1級・2級造園施工管理技士
- 1級・2級建設機械管理技士
- 1級・2級電気通信施工管理技士
の国家試験受験者
なお、施工管理技士の内容については、下記の記事をご覧ください。

8.最新情報
9.出所
※1 「東京の低地の概要」 東京都建設局
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jimusho/chisui/jigyou/teichi.html
※2 「東部低地帯の河川施設整備計画(平成24年12月)」 東京都建設局
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/content/000007170.pdf
※3 「我が国におけるゼロメートル地帯の高潮対策の現状(東京湾、伊勢湾、大阪湾)」 国土交通省河川局
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/past_shinngikai/shinngikai/takashio/051114/s1.pdf
※4 「高潮対策」 大阪府都市整備部
http://www.pref.osaka.lg.jp/nishiosaka/emergency/high-tide.html
※5 「大阪港の津波・高潮対策」 大阪市港湾局
https://www.city.osaka.lg.jp/port/page/0000002636.html
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